すずこうだより2026 10月号 酒・米NO・298 令和8年
すずこうだより2026
10月号 酒・米NO・298 令和8年
今年の9月は記録的な雨の日ばかりで、日照がほとんどなく
作物にも影響が出てしまっています。実りの秋に長雨で野菜
なども腐ってしまい、高騰をまねいています。千葉県の冠水
被害は、同じ場所で3回目の被害を受けている場所もあり、
これから先もまだ被害を受ける可能性もあります。起伏の激
しい土地の場所は、大雨が降ると低い場所に水が集まりキャ
パをオーバーしてしまい冠水してしまいます。逆に0メートル
地帯は橋ぐらいしか坂になる場所がなく、全体的に水が行くの
と対策が多く行われているので、あそこまでの被害になるケー
スが少ないようです。ただし、最近の豪雨は異常なレベルの雨
量を観測しますので、どこでどのような被害が発生するのかは
予測不可能です。パリーグでソフトバンク・フォークスが三連
覇で優勝を決めました。クライマックスシリーズも強さを見せ
つけ、日本シリーズに駒を進めると思います。昨年も阪神との
日本シリーズ戦も圧倒的な強さをみせて日本一になりました。
今のフォークスには、投打が噛みあい隙のないチームだと思い
ます。アジア大会も日本で開催が久しぶりにおこなわれ、各競
技で若い選手の活躍が目立ちました。特に高校生や中学生が力
を付けて、世界と戦っている選手が多かったようです。卓球は
中国がナンバーワンの座を譲らず、今回も敗れて銀メダルに終
わってしまいました。近いうちに金メダルが取れる日が来るこ
とでしょう。今年は雨が多く降っている関係で都内でも各所で
毒キノコが大量に発生しています。公園や土手などでも見かけ
ますので素手で触らないようにご注意して下さい。食用にとて
も似ているのもありますので、プロでも見分けがつかず、食べ
てしまい、食中毒になるケースもありますので、素人は販売さ
れているものを食べるのが、安全で間違いがありません。
酒屋の雑学152
なぜブランデーにナポレオンの名称が付いたのか
フランスのブランデーのナポレオンがあります。
飲んだことはなくても、名前だけは聞いたことがある
方も多いと思います。ブランデーの特級に当たります。
ナポレオンは熟成年数が12年~15年の熟成期間を
ようします。名称のいわれの諸説はありますが、
ナポレオン1世が1811年に長男が誕生したのと
この年にぶどうが豊作だったため、その年に造られた
特別なブランデーだったのでナポレオンの名称が付け
られたのです。親が初の我が子が生まれたお祝いで、
付けられた名称のようで、それが現在まで使われて
いるのです。このような事例は日本酒の名前にも使われ
ているケースも良くあります。親バカですね!!
早く、安く、腹いっぱい
創業は、1899年の明治32年に日本橋の魚河岸で個人店
での出発です。その後、魚河岸の移転と共に築地に移り場内
市場で吉野家1号店を出します。朝の忙しい人たちにとって
早くて、安い牛丼は仕事人たちに胃袋を満たされてようです。
1号店は魚河岸が豊洲に移転と共に姿を消してしまいました。
92年間の歴史に幕を下ろしました。現在の吉野家を築いた
人物が安部修二氏で福岡の工業高校を卒業して、ロックバンド
ミュージシャンを夢見て東京にやって来た。当然、生活はで
きなく、生活費を稼ぐため、1971年に始めた仕事が吉野家
新橋店でのアルバイトでした。本人にとっては、音楽活動を
続けるための仕事であったはずでした。ところが厨房に立つ
と、安部の働き方は周囲のめを引いた。忙しい時間帯でも店
全体を見渡し、客の流れを読み、仕事の段取りを変えていく。
店員としての働きを見ていた当時の社長は、安部を正社員へ
誘った。ここから人生が大きく変わっていきます。入社から
わずか4ヶ月で新宿東口店の店長に抜擢されます。33歳の
時に経営陣に入り、なんと42歳で代表取締役社長へ就任。
高卒のアルバイトとして牛丼店に入った青年は」、やがて
「ミスター牛丼」と呼ばれる経営者になった。デフレ時代に
は「牛丼280円」を打ち出し、大きな話話題集めます。
安く、早く、腹いっぱい食べられる吉野家は多くの人の日常
へ入り込み、社会は勢いをましていきます。ところが、絶頂
に近づいた安部を待っていたのは、努力では解決デキない危機
が彼を襲う。2003年、BSE問題によって米国産牛肉の輸入
が停止される。吉野家にとって、品質や味を支えてきた米国
産牛肉が入らないことは、商売の根幹を断たれたのと同じだ
った。代わりの牛肉を使って牛丼を続けるのか、それとも、
看板商品を自ら止めるのか?安部は品質を変えてまで売り続
ける道を選ばなかったのです。2004年、吉野家は牛丼の
販売を休止する。牛丼で知られた会社から、牛丼が消えたの
です。店頭から看板商品がなくなれば、売り上げの打撃は避
けられない。社内にも不安が広まりました。社員の雇用をど
うするかという問題まで迫ってきた。それでも安部は、「これ
まで米国産牛肉で稼がせてもらった。社員を1年半遊ばせる
くらい大丈夫だ」と語り、雇用を守る姿勢をくずさなかった。
アルバイトから社長まで駆け上がった男が、最も苦しい時期
に守ろうとしたのは、自分の地位でなく、店と社員でした。
安部氏が繰り返した言葉があります。「勝つまでやる、だから
勝つ」やがて時が経ち、米国産牛肉の輸入が再開され、吉野家
の店頭にも牛丼がもどってくる。長く姿を消していた一杯を
待つ客が店の前に列を作る中、かつてロックミュージシャン
を夢見た青年は、再び湯気のたつ牛丼を客へ届ける場所に立っ
ていた。私も高校時代に良く新小岩の北口に合った吉野家にお
世話になっていました。腹空かしの強い味方でした。
すずこう酒店
〒132-0022 東京都江戸川区大杉5-2-13
TEL 03(3652)7700
FAX 03(5607)8816
E-mail:merlot@world.ocn.ne.jp
Facebook: Facebook.com/suzukou1966
ホームページ:suzuko1966.com
Insuragram @suzukou_sake
